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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8953号 判決 1976年10月20日

原告

佐藤幸雄

右訴訟代理人

伊賀満

被告

大内俊彦

被告

株式会社錦屋物産

右代表者

大内俊彦

右被告両名訴訟代理人

光石士郎

外五名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実<抄>

第一 当事者双方の申立

一 原告

1 被告らは、別紙目録(一)、(二)の各標章を附したペナントを譲渡し、引き渡し、所持し、譲渡・引渡のため展示してはならない。

2 被告大内俊彦は、原告に対し、金二七九万三、七五〇円及び内金一四七万三、七五〇円に対する昭和四五年四月一〇日から、内金一三二万円に対する昭和四六年一〇月二一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第二 請求の原因

一、原告の商標権

(一) 原告は、次の商標権を、その存続期間満了の日である昭和四八年六月一六日まで有していた。

登録番号 第六一七七四三号

登録商標の構成 商標公報(一)写しのとおり(注、「清水一家二十八人衆」の文字からなる)

指定商品 第二〇類 屋内装置品

登録日 昭和三八年六月一七日

(二) 原告は、次の商標権を有している。

登録番号 第六八七八九八号

登録商標の構成 商標公報(二)写しのとおり(注、「次郎長」の文字からなる)

指定商品 第二〇類 屋内装置品(但し、のれんを除く。)

登録日 昭和四〇年一〇月二〇日

理由

一請求の原因第一項は、当事者間に争いがない。

二被告大内が錦屋物産の営業名で遅くとも昭和四四年四月一日以降単独で、また、被告会社が同年一二月二三日以降、それぞれ、別紙目録(一)、(二)の表示のある三角旗を販売し、引き渡し、譲渡・引渡のために展示していることは、右各表示が標章に該当するかどうかの点を除いて、当事者間に争いがない。

三原告は、右<注、(一)「清水の二十八人衆」、(二)「清水次郎長」の>各表示は標章に該当し、本件登録商標(一)、<注、「清水一家二十八人衆」>(二)<注、「次郎長」>に類似するものであるから、右各表示を付した三角旗を販売等する被告らの行為は原告の本件各商標権を侵害するものであると主張するのに対して、被告らは、右各表示は標章ではなく、従つて、これを被告らの商品三角旗に表示することは商標の使用に当たらず、商標権の侵害とはならないと抗争するので、この点について検討する。

ところで、商標権侵害の要件の一つである登録商標若しくはこれに類似する商標の使用を考える場合、ここでいう商標とは、商標法第二条第一項に規定する「文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(以下「標章」という。)であつて、業として商品を生産し加工し証明し又は譲渡する者がその商品について使用をするもの」であることを要することはいうまでもないが、商標は本来自他商品識別の機能を果すことを目的とする標識であり、わが国の商標制度も商標の持つこの自他商品識別の機能の維持保護を目的としていることは、同法第一条に規定する商標法の目的に照らし明らかというべく、従つて、前記第二条第一項は形式的には商標の自他商品識別機能について規定するところがないが、この条項の中には当然自他商品識別の機能を有するものとしての商標の概念が前提されかつ含まれているものと解されなければならないものと考えられる。商標権者は第三者による登録商標の無断使用又は類似商標の使用を禁止する権利を有するが、そのゆえんは第三者のこの行為が登録商標の本来持つ自他商品識別の機能を乱すものであるからにほかならず、従つて、第三者が登録商標と同一の若しくはこれと類似の表示を商品について使用する場合であつても、その使用態様が自他商品を識別するという機能の面において使用されているものと認められないときは、その表示の使用は商標の使用ということができず、商標権者は第三者に対しその表示の使用を禁止することができないものと解すべきである。そして、商品について使用される文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合よりなる表示が商標の使用と認められるためには、その表示がその使用されている位置態様等に照らし標章即ち商品そのものを表彰するしるしとして用いられこれにより他人の商品と区別する作用を果していることを要すると解するのが相当である。

<証拠>によれば、被告らの商品である三角旗は、横長の三角形状の白、紺、黄、黒色等のいずれか一色で染められた布の外周に黄又は紅色の房を取り付け、布地の表面左側にやや大きく葵の丸形紋章、その右下にかご、その右に三度笠と刀を組合せた図形、右端三角形の頂点附近に<長の表示、きせると十手を組合せた図形が布地の色と異なる色彩で画き出され、このような模様を背景にして、布地の左側端に「清水次郎長」の文字が上下幅一ぱいに縦書きされ、これに続いてやや小さな字体で「増川仙エ門」、「大政」、「小政」、「森の石松」等二七人のそれぞれ縦書きされた名前が布地の横長の三角形の形状に即して左から右に順次小さくなるように配列され、この上部に左から右に「清水の二十八人衆」の文字が横書きにされており、右の文字中「清水次郎長」「清水の二十八人衆」は同色に彩色され、その他の文字はこれと異なる一色でそれぞれ彩色されているものであることが認められる。そして、清水地方を根拠地とした江戸末期の博徒山本長五郎の筆跡は、小説、演劇、浪曲その他によつて様々な潤色を加えられ、侠客清水次郎長とその輩下の博徒を主たる登場人物とするいわゆる股旅物の物語として広く流布されていて、その愛好者も少くないことは周知のとおりであるから、この事実を前提に被告らの三角旗をみれば、それは、右認定の構成により、これを見る者をして直ちに右の物語を想起させ、その装飾的効果と相まつて、需要者の購売意欲を惹起させるよう創作されていることが明らかである。原告が商標権侵害を構成すると主張する「清水次郎長」、「清水の二十八人衆」の表示自体も「増川仙エ門」、「大政」、「小政」、「森の石松」以下の名前の記載、かご、三度笠、刀、きせる、十手の図形、葵の紋章、<長の表示と密接に結合して、清水次郎長一家の物語を想起させる表現手段の主要な要素をなしているのである。この使用態様に照らしてみれば、原告の取り上げる右各表示が他の構成部分から独立して、それ自体で被告らの商品である三角旗を表彰する標章として用いられておりこれによつて他人の商品と区別する作用を果しているものとは到底認めることができない。原告は、「清水次郎長」、「清水の二十八人衆」の文字部分は、被告らの三角旗において特に大きく表示されているから一般に注意を引きやすく、背景である絵図や色彩の組合せによる模様とは区別されて明確に観受され、認識されるものとなつているから、この文字部分が出所を表示する機能を有し標章とみるべきであると主張し、前記認定のように、右文字部分は、他の文字よりも大きく表示され、他の文字と異なる色で彩色されていて特に目立つように表示されていることは原告の主張するとおりであるけれども、三角旗の表示する右認定の意味内容との関連においてみれば、「清水次郎長」の文字が大きく目立つように表示されているのは、清水次郎長がその一家の頭領であり物語の主人公であるがためであり、また、「清水の二十八人衆」の文字が大きく目立つように表示されているのは、物語において活躍する次郎長以下二八人の者を総称する名称として一般に使用されているところに従つてこれを表示したものにすぎないと認められ、特にこの文字部分が自他商品識別の機能を果すものとして用いられているものと認めるに足る事情は認定できないから、原告の右主張は失当である。

そうとすると、被告らがその商品である三角旗に別紙目録(一)、(二)の表示を付する行為をとらえて、商標の使用に該当し、商標権侵害を構成するものと論ずる余地のないことは、さきに説明したところから明らかといわなければならない。

四よつて、原告の本訴各請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高林克己 木原幹郎 牧野利秋)

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